北京-北京 観光スポット
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天安門広場
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北京市の中心に位置する。都市の広場としては、世界最大のもので有名。広場では、毎朝、荘厳な五星紅旗が旭日昇と同時にかかげられ、夕日が沈むと同時に下ろされる。天安門城楼に登れば、広場の輝かしく壮麗な景色がことごとく眼中に収まる。広場の東側は中国革命博物館と中国歴史博物館、西側は人民大会堂、南側は正陽門と箭楼であり、広場には人民英雄記念碑と毛主席紀念堂が立ってある。これらの建築物はいずれもその特有の魅力で、無数の内外観光客を引きつけている。 |
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故宮博物院
明・清二王朝の王宮であり、世界最大で最も完全な形で保存されている帝王の宮殿でもある。24人の皇帝がそこに住んだ。帝王が政務に携わり、起居したところであったため、紫禁城とも称され、明の永楽四年(1406年)から建造を始め、14年がかりで完工した。全体の面積は72万平方メートル、建築面積は約15万平方メートル。太和、中和、保和三殿の所在するところは外朝で、政治活動区である。新しい皇帝が即位するとか年号を改めるとか征戦するとかの重要な国事活動と皇帝の生誕、結婚、春節(旧正月)などの重要な祝典は、いずれも太和殿で行われた。乾清、交泰、坤寧三宮の所在するところは内廷で、皇帝と皇后の生活区と日常の政務を処理するところである。残りの東西六宮、御花園は妃たちが起居、遊楽、休憩するところである。1925年、紫禁城は一般に公開、故宮博物院に改称された。現在、博物院には文物が100余万点収蔵されており、その多くは世にも稀な珍品である。そのため、博物院は世界の博物館の中で上位にランクされ、1987年に世界文化遺産に入れられた。
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天壇公園
北京の地図を広げると故宮を中心に日壇公園(東)、月壇公園(西)、天壇公園(南)、地壇公園(北)があるのが分かる。「壇」とは、皇帝の祈祷場で、昔は「皇帝の庭」と言われていた。中でも天壇は、自分を天子として天帝を祭るため最も重要な場所となる。もとは城外に設けられていたが、地壇同様、明代嘉靖の外城工事の際、城内に取り入れられた。壇廟建築では、中国最大を誇り、明清二代の皇帝が天を祀り豊作を祈った。明の永楽4年(1406年)に設計施工し14年をかけ永楽18年(1651年)に完成した。祈念殿、皇穹宇、園丘と一直線の配置は明快且つ見る人を魅了する。
天壇は中国最大の壇廟建築で、明の永楽十八年(1420年)に建造され、明・清二王朝の皇帝が天を祭り、五穀豊穣を祈るところである。 天壇の主な建築は祈念殿、皇穹宇、圜丘壇である。そのうち祈念殿の外観は雄大で金メッキ宝頂が藍色の瑠璃瓦に葺かれ、殿内は28本の楠の柱によって支えられている。皇穹宇の塀は有名な回音壁で、二人が回音壁の東西両側に立ち、壁に向かって小さな声で対話することができる。
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万里の長城(八達嶺)
人類史上最大の建造物は、月から見える唯一の建築構造物といわれる。1987年、ユネスコの世界遺産に登録された。
万里の長城は、紀元前数世紀頃の中国各地に分立していた国々が北方の騎馬民族・匈奴の進入に対して造った防壁を、紀元前221 年に中国を統一した秦の始皇帝がつなぎ合わせたものである。現存の長城は明代,とくにその後半期に築造されたもので,東は渤海湾岸の山海関から,中国本土の北辺を西に向かい,北京と大同の北方を経て,南流する黄河を越え,陝西省の北端を南西に抜けて再び黄河を渡り,いわゆるシルクロードの北側を北西に走って嘉峪関(かよくかん)に至る。この間、全長2700kmである。その時代の長城は土をつき固めた比較的簡単なもので、いわば土塁の連続に過ぎない。したがってほとんどが風化されるままで朽ち果てているものも多い。
明代、ことに後期になって改めて築かれた長城は大ぶりなれんがで表層を覆い、しばしば修復をくり返したが、それぞれの長城をつなぎ合わせれば1 万2700華里(1華里は0.5キロ)となることから、俗称として「万里の長城」の名が生まれたという。
八達嶺長城は北京市北部約70kmの延慶県にあり、北京周辺では最も早く修復された長城である。長城の中でも代表的な区間である。行く途中には居庸関があり、山脈が連なる険しい地勢で景色がすばらしい。
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頤和園
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中国に現存する最大の王室公園であり、世界の最も有名な古典庭園の一つでもあり、市の中心部から約15キロ離れた海淀区に位置し、遼・金時代は王室の遊楽地であり、明・清時期に帝王の御苑となった。1888年、清朝の慈禧皇太后は海軍の軍費を流用して再建し、今の名称に改めた。同園は万寿山と昆明湖からなり、すべての建築が山と湖の形に基ずいて巧みに配置され、借景、造景の芸術も採用され、景色が変化に富んでいる。 |
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