陝西-西安 観光スポット
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秦始皇帝陵博物院 ―― 秦始皇兵馬俑博物館
1987年世界遺産(文化遺産)に登録。「世界の八番目の奇跡」と絶賛されている。
「秦始皇兵馬俑博物館」は秦の始皇帝陵の副葬坑。1974年、井戸を掘っていた地元農民によって偶然発見された。この偶然の発見によって、地下に2,000年も眠っていた世界を驚かせる兵馬俑の存在がようやく天日の下に現れた。坑は発掘順序に基づいて一号坑、二号坑、三号坑と名づけられた。1979年10月から一号坑の原遺跡に建てられた博物館が開放された。その後、1989年に二号坑、1994年に三号坑と次々開放された。
一号坑:規模最大である。東西210m、南北62m、面積14260㎡。発掘数は1000体程度だったが、中に兵士俑8000体、馬俑600体が埋葬されていると予想される。巨大なド-ム内では現在も発掘作業が続けられ、気の遠くなる様な修復作業を経て年々陶俑の数は増えており、秦の強大な軍陣が明らかになっている。11の壁に仕切られ、東を向いて3列横隊の兵士はこの前衛部隊である。また11の空間には38列の兵俑が縦隊に整然と並び、右翼部隊、左翼部隊、後衛部隊になっている。
二号坑:一号坑北東へ20mほど離れたところにある。東西96m、南北84m、面積6000㎡。4つの部分から成立って、一号坑の補助をおこなう秦軍の左軍である。弓矢の兵俑は二重三重に配置され、4つの方陣はお互いが有機的な大方陣になることが出きる配列であり、守るに良く攻めるに良いといわれている。兵馬俑の数は約1300体、さまざまな役職の兵傭が展示されていて、間近で見ることができる。
三号坑:一号坑西北へ25mほど、二号坑東へ120mほど離れたところにある。東西17.6m、南北21.4m、面積524㎡。右・左・中軍を指揮する司令部の坑とされている。中央に鹿の角があり、ここで占いを行ったようである。兵馬俑の数は58体。小規模だが皇帝直轄の重要な部隊である。
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秦始皇帝陵博物院 ―― 秦始皇陵
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1987年世界遺産(文化遺産)に登録。
兵馬俑から1.5キロメートルほど離れたところにある。「秦始皇陵」は中国史初の皇帝―秦の始皇帝の墓である。王に即位した始皇帝が陵墓の建設を命じ、驪山に陵墓用の穴を掘り始めた。70万人(エジプトのピラミッドの10倍相当)の労働力と40年の歳月をかけて作り上げられた壮大な人工建築物はこの陵である。史記の記述では、始皇帝の遺体安置所近くに「水銀の川や海が作られた」との記述があるが、まだ完全な発掘調査はなされていない。遠くから眺めると大きな山に見える秦始皇陵は、頂上部まで登ることもできる。
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陝西歴史博物館
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中国全土の中でも最大規模を誇る博物館の一つ。1991年6月20日に開放され、大雁塔の北西にあり、敷地面積約65000㎡、参観ルートは1500メートルにも及ぶ。陝西省で発掘された周・秦・漢・唐の時代を中心とした先史時代から清代までの青銅器や工芸品など約37万点を所蔵している。その内、殷周時代の青銅器、唐代の唐三彩など3000点あまりの文化財を収蔵されている。順路どおりにまわると時代順にみることができ、とてもわかりやすいレイアウトとなっている。1階の第一展示室には先史時代から秦代まで、2階の第二展示室には漢代から魏晋南北朝時代まで、3階の第三展示室には隋代から清代までの文物がそれぞれ展示されている。どれも貴重なものばかり、ぜひ見逃せないで!
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華清池
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陝西省の10大名景の一つ。西安から東に30キロ離れた臨潼県の驪山西北の麓にある有名な温泉池である。 驪山は海抜1,256m、景色は美しく、三千年前の西周時代から続く温泉の湯元がある。周、秦、漢、隋、唐などの帝王が避寒の場として、温泉宮殿をここに造った。特に唐代の玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスがこの地を最も有名にしている。玄宗皇帝も華清宮を作り、毎年冬から春にかけて、楊貴妃を伴い、酒楽の日を明け暮れ多くのロマンスを生んだ。「春寒くして浴を賜う華清の池、温泉の水滑らかに凝脂を洗う。」と、白居易の有名な詩「長恨歌」は二人の愛情を如実に歌うと同時に二人の贅沢きわまった生活振りも反映している。現在、かつての楊貴妃が「凝脂」を洗っていた浴槽が昔のまま保存されている。また華清池は、 1936年西安事件という現代史の舞台としても有名である。 |
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青龍寺
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市の東南部、楽遊原にあり、582年に創建された寺院である。元の名前は霊感寺といったが、711年に青龍寺と改名された。唐の時代にはかなり有名な寺院で、著名な「入唐八家」のうち、六名の僧侶がここで仏教を学んだ。最も有名なのは空海である。遣唐使の一員として長安から来た空海は、ここで恵果法師を師として、密教の教義を学んだ。 806年、多数の仏教経典や書籍を携えて帰国。奈良の東大寺で日本密宗真言宗を開いた。道場を開いて、密教を広め、日本留学僧の中でも数少ない仏学大師となり、「東密」の開祖となった。
1981年、日本仏教界は青龍寺の境内に、空海記念堂と空海記念塔を建立した。 現在では多くの日本人が参拝にやって来る。 |
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大雁塔(大慈恩寺)
三蔵法師の偉業を讃える西安のシンボル。
西安市和平門外から4キロの慈恩寺内にあり、初期は慈恩寺塔と呼ばれていた。652年(唐の時代)に玄奘(西遊記)が創建し、インドから持ち帰った仏典を納めた。当初は5層だったが、途中で10層まで増築された後、長安年間(701年 - 705年)に現在の7層に落ち着くという変遷を経ている。その後、熙寧年間1068年 - 1077年頃に火事に罹災しており、1550年頃に重修されており、人民中国成立後にも修築されている。
高さ64メートル。レンガ造りだが木造建築を模して造られた。 内部には螺旋階段が最上階まで続いている。各層には上部の丸い形をした窓があり、そこから遠景を眺めると西安の街を一望することができる。塔の第1層には、仏菩薩の線刻画や、「大唐三蔵聖教序」及び、高宗撰の序記の2石碑が見られる。四方の門の上部に唐の時代に刻まれた仏像や天王像などの浮き彫りが施されており、唐代の書法、絵画、彫刻を見ることができる。特に西側の門上部の「線刻殿堂図」は唐代の仏教建築を知る上で貴重な史料となっている。
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碑林博物館
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碑林博物館は1950年に創建された陜西省博物館。宋の時代に建てられた孔子廟を利用し、現在、8万点以上の収蔵品があり、歴代書家の石碑を数多く収集、展示している。「歴史陳列室」、「石刻芸術陳列室」、「碑林」の3部分に分かれている。「碑林」は特に有名である。石碑の総数は2000点以上にも上る。その入口に玄宗 皇帝直筆の碑があり、中に65万文字に及ぶ十三経の石碑 が並び、王義之、欧陽通、慮世南、顔真卿ら書道大家の原 刻碑100基も展示されている。キリスト教伝来の「大秦景教中国碑」も入っている。 |
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